家の中をいろいろほじくりまわっているところなんですが、オットが昔仕事で作った資料とか大量に詰め込まれたものが出てきて、必要なものと必要でないものと整理して、とオットが帰ってきてから言ったら、中も見ずに「全部必要。」って言われた。
1年以上も前から押入れに押し込んで、一切見る事も無かった紙の束を、ナゼそんなに即答できるほど大切にしているのですか?
一年以上使わなかったものは、すべてゴミと判断できる。とワタシは思うので、その気持ちが全く分からない。
そんなに描いてるものが大切なら、全部スキャナに取り込んで、データとして持てばいいのでは?と提案したんだけど、紙ベースじゃないとダメだという。
ナンデ?
紙だと重いし、スペース取るし、オットは昔の求人票とか絶対に必要ないだろってものを大切に溜め込んでるような人なので、その中身も絶対必要ないだろうものが入ってるにちがいない、せめて、少しは整理してから必要かどうかを判断してくれ、と思ったのだが、ワタシがそれに触ろうとすると、ものすごい勢いで阻止する。
「思い出なの。」
ハア??
思い出って、その紙見て、「あの頃が懐かしい。」って思いふけたこと、今まで何度あったのか。ワタシが知る限り一度もないし、これから何度あるというのか。
その数度あるかないかのために、大切な部屋のスペースを占領されることに、ものすごい腹が立った。
もったいない、という言葉は便利だけど、モノが溢れかえっててイイコトなんてひとつもない。
捨てないということは、無料なわけじゃない。
その分の部屋のスペースが取られるのだ。
オットは、今でさえ持ち物が少ないのに、もっと少なくしなきゃならないのか、というかもしれないが、大切なのはモノの多さじゃねえんだよ。
現在前後1年の間に使ってるものか、が大切なんだよ。
オットが大切にして眺めて楽しんでるプラモとか捨てたりしないのは、今現時点でオットが見て楽しめているからだ。
1年以上必要としていなかったものをわざわざ残しておく必要が認められないから、捨ててくれっつってんの。悪いけど使わなかったら、ただのゴミだから。
ゴミのために空けるスペースなんてねえんだっつうの。
ワタシが静かに怒っていたら、オットはそれを会社に持っていった。そのうち実家に送るという。
多分、オットが死ぬまで整理されることなく、保管され続けるんだろう。
それもまた親に迷惑だと思うんだが、それを分かっているんだろうか。
たかがそんなことで、とお思いだろうが、ゴミを溜め込んでいるのにゴミと思わない人と一生を共にする事に、一抹の不安を覚えた。マジで。
オットの思い出をゴミと称するワタシも鬼だろうが、その感覚は一生平行線なんだろうな。
今週の前半は天気がくずれて涼しくなるって言ってたはずなのに、なんかピーカンです。
オットがくだらなくておもしろい、と漫画を見せてくれた。
内容は、何でも超常現象やノストラダムスと結びつけて、シリアスに語るトンデモ本。
「パソコン通信を使って人類を洗脳しようとしているんだよ!」
「な、なんだってぇ!?」
「DNAが暴走して精神と肉体の暴発を起こしてしまうんだよ!」
「な、なんだってぇ!?」
「我々人間が火星人として生きていく事をノストラダムスは最初から予言していたんだよ!」
「な、なんだってぇ!?」
こんな感じで、ずっと続く漫画。
キバヤシって雑誌の編集者が人が自分の考えを、当然の理であるかのごとく周りに語り、周りは周りで、
「な、なんだってぇ!?」
「な、なるほど!」
「そ、そんな!」
と大げさに相槌を打つのが儀式。
そこに疑問を挟むものはいない。教祖様と信者の図みたいで、我が家ではキバヤシ教と呼ばれる。
キバヤシは、なんちゃら大学ほにゃらら教授に取材して話を聞いても、自分の仮説にそぐわなければ全く無視。自分の説を裏づけしてくれる話が現れるまで粘り強く調べぬく根性を持つ。
1999年8月11日に人類滅亡を前提として話をしてるので、その日を前に、
「明日、何が起こるかなんて、みんな知らないんでしょうね。」
と、つぶやくキバヤシ教信者。
どこから目線だ。
8月11日に何も起こらなかったのは、「奴らの計画が失敗したから」。
あくまでも自分たちは間違っていないらしい。
そんなステキ漫画。
ギャグマンがとして読むと、途中までおもしろい。
途中から飽きてくる。
そんな風にして夏休みは、毎日ぐーたらに過ごしたヨ。
楽しかった。
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